「価値デザイン社会」に向けて知的財産に求められる役割

2019/10/07 投稿

 昨年5月に政府の知的財産戦略本部が公表した「経営デザインシート」関連の仕事に関わる中で、改めての日本経済・日本の産業構造が大きな転換期にあることを痛感し、知的財産に対する考え方にも大きな発想の転換が求められるタイミングに来ているのではないかと感じることが多くなっています。
 頭の整理として、今考えていることをここに簡単にまとめておきたいと思うのですが、まず、経営デザインシートが提案されることとなった背景は、以下の通りです。

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 20世紀の社会・経済環境は、需要が供給力を上回りモノが不足する状態にあったため、市場は供給者が主導し、企業は「良いものを作れば売れる」という前提で大規模な設備投資を行って供給量を増やし、シェアと売上高を拡大する戦略に邁進した。知財戦略においても、特許の取得やノウハウの秘匿による排他性の確保が基本的な考え方となった。
 これに対して冷戦崩壊後の社会では、中国等の新たな供給者の台頭や、東南アジア等の新興国の成長によって供給力のブレイクスルーが起こり、供給力が需要を上回る状態となった。20世紀型の発想に固執した企業は低価格競争と高機能化競争を継続したが、一般的な製品の機能が需要側の満足するレベルとなる中、従来のように高機能化が収益に直結することはなく、市場の主導権は需要側に移り、需要者の多様な価値観に訴求し得るコトやサービスが求められるようになっている。そうした中で、知的財産は企業のオリジナリティの源泉であり、新たな価値を提案する起点になり得るものである。これからの企業の知財戦略には、単に知財を管理するという発想ではなく、イノベーションを生み、新たな市場を創造するために知財を活用することを重視した「プロイノベーション」の発想が必要になる。(2018年5月公開「知財のビジネス価値評価検討タスクフォース」報告書P.7-13、一部筆者の解釈も加えている。)

(内閣府 知的財産戦略事務局作成「経営デザインシート -経営をデザインする-」2019.8版 1p.より)

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 このように市場環境が「価格・機能競争」→「価値創造・提案」に大きく転換する中で、「価格・機能競争」を前提としてきた知的財産マネジメントにも、「価値創造・提案」に応じた新たな発想が求められることになるはずです。毎年決定される政府の知的財産推進計画においても、最新の2019年版では目指すべき社会を「価値デザイン社会」と明示して、基本方針の再構築が行われています。

 では、「価値デザイン社会」における知的財産マネジメントとは、どのようなものなのか。最近のベストセラーである山口周氏の「ニュータイプの時代」(ダイヤモンド社)から、重要なヒントを読み取ることができます。

 

 同書では、顧客に提供する価値を「役に立つ/立たない」と「意味がある/ない」の二軸に分け、右図のように整理した上で、以下のように論じています。

 これまでの主な競争の軸は「役に立つ/立たない」にあった。
 ところが、「意味がある」に価値を置く市場では、価値観の多様性に応じて多様なプレイヤーが活躍し得るのに対して、「役に立つ」ことを競う市場では、最も優れた機能や最も普及した機能を提供する者がグローバル市場においても一人勝ちとなりやすく、さらにはモノが飽和する状態となった市場において、役に立つこと、すなわちテクノロジーは顧客が重視する価値基準ではなくなってきている。
 加えて、「役に立つ」ための機能がコピーされやすいのに対して、製品やブランドが持つ固有の「意味」はコピーできず、その価値を維持しやすい。

山口周「ニュータイプの時代」(ダイヤモンド社)より引用

 以上のような理由から、これからの日本企業は、1からさらに「役に立つ」の方向に上を目指すよりも、3や4の市場にシフトする方が、より高い収益と安定した経営基盤を得ることができるだろう、というのが山口氏の見解です。

 このように顧客に提供する価値の重心のシフトが進行すると、知的財産マネジメントの果たすべき役割も当然に変化するはずです。
 もちろん、グローバルニッチトップのように、「役に立つ」市場においてもターゲットをフォーカスすることでグローバル市場で勝ち残る戦略を選ぶ企業もあるでしょうが(その場合は、コピーされやすい「役に立つ」ための機能をいかにコピーされにくくするかは引き続き重要な課題です)、そうでない限りは、「意味がある」市場へのシフトを検討していかなければならないでしょうし、知財マネジメントについても上流工程から再構築する必要が生じるはずです。

 顧客に提供する価値の軸足が「役に立つ」ことにあるのであれば、知的財産マネジメントに求められる役割は、役に立つ根拠となる「機能の保護」、すなわち特許権の取得や権利行使、営業秘密の管理によって、「役に立つ機能を保護し、競争優位を維持すること」となります。

 これに対して、顧客に提供する価値の軸足が「意味がある」ことにあるのであれば、知的財産マネジメントに求められる役割は、その意味を生じさせる「ストーリーの裏付け」となること、すなわちオリジナリティの証明となる権利を取得して、「ストーリーの裏付けとなる、自社のこだわりや意図を示すこと」になると考えられます。

 以上が1つ目の変化です。

 

 次に、近時よく言われる、他者との関係における「競争」から「共創」への変化です。

 「役に立つ」市場から「意味のある」市場へのシフトが進めば、意味の多様性に応じて価値軸も分散するので、市場における「競争」への意識は従来より低下するはずです。

 その一方で「共創」が従来以上に求められることになりますが、その理由は、「所有」から「利用」へ、「モノ」から「コト」へ、すなわち産業構造のサービス化が進むと、サービスの全体像をデザインする中で、自社のリソースだけではカバーできない部分が生じやすくなるはずです。つまり、所与の「資源」を前提にモノを創るのではなく、提供したい「価値」を前提にサービスを構築するためには外部に必要な「資源」を求めるケースが増加し、「共創」が必要となる場面が多くなることが背景にあると言えるでしょう。

 そして、「競争」を前提にした場合の知財活用が、サシで向かい合って相手をどう倒すかという「巌流島」型であるのに対し、「共創」を前提にする知財活用は、いかに仲間を集めて強い陣営を作るかという「関ヶ原」型になるはずです。

 以上が2つ目の変化です。

 

 

 「ストーリーの裏付け」となる知的財産は、自社のオリジナリティを客観性をもって「伝える」ことに活かすべきものです。
 そして、「関ヶ原型」で強い陣営を作るための知的財産は、他者との間を「つなげる」役割を担うものです。

 知的財産はケンカのためという固定観念に囚われず、コミュニケーションや仲間作りを意識して獲得し、活用するもの

 これが現時点で私が考えている、これからの時代に多くの日本企業に求められるであろう知的財産に対する考え方の骨子です。

 まずは考え方の骨子を整理してみましたが、こうした整理を軸に「価値デザイン社会」における知的財産マネジメントのあり方を模索し、実践していきたいと考えています。